プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第31回

組織の多様性が企業の活力を生み出す

前回は、近江商人の経営哲学である「三方良し」は、わが国独自の「公益資本主義」という日本発の新しい潮流に発展したことを紹介しました。これは、欧米の「株主資本主義」や中国のような「国家資本主義」のいずれでもなくまさにわが国にぴったりのやり方と考えられます。近年、主として大企業で欧米風の株主資本主義による経営に移行しつつありますが、わが国の経営はいぜんとして「三方良し」の経営スタイルが途絶えること無く継続しています。今回は、わが国ならではの経営スタイル「おみこし経営」が組織の多様性を育み企業の活力を生み出していることを述べていきます。

【1】ボート経営とおみこし経営
ソニー創業者のひとりである盛田昭夫氏は「米国はボート経営、わが国はおみこし経営」として、その経営スタイルの得失を述べておられます(文藝春秋、1969年)。次のように要約してみました。

米国はボート経営
強いリーダーシップで、ボートのこぎ手は前を見せてもらえない
ボートがどこへ向うのかはコックス任せ、こぎ手は後向きに坐ってただこぐことにのみ専心
能率の点からみればもっとも効果的だが、能率の上らぬメンバーははじき出される

日本はおみこし経営
おみこしは道幅いっぱいにあっちこっちに動きジグザグにねり歩く
経営者は目標や方針を示すが細かいことには口を出さず、指揮らしい指揮はとらない
スタートからゴールまでの行動は効率が悪い

当時から50年経った現在においても、両者の特徴的な傾向はよくわかります。従来、おみこし経営は「ただ担がれているだけ」というネガティブなイメージがありましたが、当会の柿内幸夫会長は新しいおみこし経営を提唱されています。それは組織の将来の方向性を見据えながら、おみこしの担ぎ手たちの成長や自己実現を配慮する、といった経営スタイルです。三方良し経営にもぴったりですね。
ボート経営とおみこし経営の際立ったそれぞれの特徴は何でしょうか。次のように考えてみました。

【2】経営の効率性と組織の多様性
ボート経営とおみこし経営について、それぞれの最大の特徴として筆者が感じることは効率性と多様性です。
米国GAFAなどで代表されるグローバル企業について言えば、画期的な独自のビジネスモデルを効率最大で運営する経営を実践しています。究極の「自分だけ良し」の仕組みをつくる。うまくいかないときは、さっさと店じまいする。また、「世間良し」に反する巧みな租税回避や企業の永続性などには全く無関心という側面もあります。これらはボート経営の代表的な特徴であり「経営の利益効率第一」というやり方です。
おみこし経営は、人が貴重な資源です。企業内で育てることになりますから手間も時間もかかります。育てても必ずしもおみこしを担がない人や担いでも方向がずれていたり、経営者の言うこときかない人もあります。わが国には、米国のように「お前はクビだ、30分以内に出て行け」という法律もありません。
良いこともあります。役割分担があいまいでさほど明確ではありませんから、時として範囲を超えて他の仕事をやってくれる人も出てきます。それで、他部署の新人が素晴らしいアイディアを出して新商品がヒットしたりすることもあります。要するにいろいろなベクトル(方向性)をもった人たちが組織に内在しています。これが組織の多様性であり、企業の活力のもとになっています。組織の多様性を確保して「世間良し」を目指す、これはわが国に長寿企業が多い要因のひとつでもあるでしょう。すべては、人を貴重な資源とする教育や訓練が活力の源泉になっています。

ただ、おみこし経営もときどきボート経営を取り入れて、経営者が自らおみこしの軌道を修整する必要があります。社内の特別チームやプロジェクトを実行しそれで優れた結果を出した人を抜擢する、などです。これにより、おみこしの方向性を明示することができます。つまり、組織の効率を上げると同時に多様性を維持することができます。

【3】多様性はわが国の貴重な文化
わが国は大陸に近接した島々の集まりだったので、海域という天然の強固な国境がありました。それゆえ、大陸からの文物を選択的に取り入れる自由があったので独自の文化が発展しました。多様性はわが国の基本的文化のうちできわめて貴重なもののひとつです。例えば、年末と年始の恒例の国民的イベントとして、クリスマス、除夜の鐘つき、新年の初詣でがあります。これはキリスト教、仏教と神道など三つの宗教に由来する行事ですが、ほとんどの日本人にはこのような多神教的行動に何の違和感もありません。むしろ、多様性が何の苦も無く日常に溶け込んでいるように見えます。
産業界ではすべての企業のうち、中小企業は99.7%を占めており358万社ほど存在するそうです。中小企業が乱立している(あえて乱立と言いますが)この状態こそが、日本全体がおみこし経営の状態と言えます。つまり、さまざまなベクトルが日本という企業に内在しています。よく、日本は中小企業で成り立っていると言われます。さまざまな困難を乗り越え問題を解決してきたのは「乱立している」エネルギーあふれる中小企業のお陰と言ってよいでしょう。
この「乱立」状態を整理統合して、効率を高めようという動きがあります。効率を高めることはどのような企業であれ重要な経営課題ですが、行き過ぎた整理統合は多様性を否定することになります。そして、それはわが国の貴重な文化、エネルギーあふれる中小企業の「おみこし経営」を破壊することにつながると危ぶんでいます。

(次回に続きます)