プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第96回 番外編

番外編(2) 全体観をもつ

前回は番外編(1)として、論理的思考を組織活動の常識にすることを述べました。そのために、カイゼンやプロジェクトなどの活動は絶好の環境であることを説明しました。
今回は番外編(2)です。全体を俯瞰するための全体観をもつことについてです。論理的思考を深めるためのサポートになるもの、全体観とそれに関連してビジネスで活用されているいくつかの考え方などを紹介します。

【1】全体観とは
ここでまず「三つのスキル」という考え方を紹介します。ロバート・カッツが提唱したものです。このうちコンセプチュアルスキル(全体観)については、経営者を含め組織のリーダーに欠かせないスキルとして位置づけられています。三つのスキルは次のとおりです。

・ヒューマンスキル(対人関係)
組織内でメンバー各自の能力を発揮させ、お互いが力を合わせられる環境をつくる。自分と異なった観点を受け入れ、他人の言葉や行動を理解する。

・テクニカルスキル(業務遂行)
専門分野での手法や技術を理解し、それらを自由に使いこなすことができる。専門分野のスキル。

・コンセプチュアルスキル(全体観)
活動や出来事を広い視野で客観的に捉えることができる。ひとつの変化が全体にどう影響するかを理解できる。

ここで、スキルの意味を確認しておきます。スキルとは知識があってかつ実践できる、この二つがそろっていて初めてスキルということになります。三つのスキルのうち、最初の二つはよく知られています。三つ目のコンセプチュアルスキル(conceptual skill)は、概念化能力などと訳されています。これではわかりにくいので、筆者はこれを全体観としました。

連載第94回では「論破してもされても、良いことはひとつもありません」を述べました。ここで論破などとは別の次元である「全体を俯瞰する」を紹介しました。全体を俯瞰したら、その視野にあるひとつの変化が全体にどう影響するかに思いを巡らす。これが全体観につながっていきます。

例えば、先月下旬思いもよらない戦乱が勃発しました。その影響で原料の高騰がさらに加速しそうです。この中でDX、テレワーク、人材育成、5Sの定着などの課題が目前にあります。経営者として、まさに全体観をもって対処するときと言えるでしょう。

【2】ボトルネックはどこにあるか
ボトルネックという表現はよく使われています。これはゴールドラットが提唱した制約理論を代表しています。これも論理的思考のためにたいへん役立ちます。

製造現場のカイゼン活動では、ボトルネックという発想から問題解決に結びつけることは常識になっています。ところが、ホワイトカラーの職場ではこのような常識はあまり見かけません。例えば、設計現場のボトルネックの代表例は設計プロジェクトの進ちょく会議です。進ちょく会議という大きなボトルネックが放置されたままになっています。これがボトルネックであり、設計の生産性向上の障害になっているという認識すら無いように感じます。

【3】問題か症状か
不適切な表現は視野を狭め、誤った判断に陥りやすくなります。何でも問題と言うのは「問題な表現」です。この場合、問題を「症状」と言い換えることをお薦めします。

当たり前ですが、我われは病気については症状という表現を使っています。図のようにいくつかの症状から病気としては「コロナかな、あるいは単なるカゼかな?」と考えます。これは、きわめて論理的な思考のプロセスですね。最終的にはプロである医師が診断することになります。

(図) いくつかの症状から病気を診断する


ところが、ビジネスになると・・症状の代わりになる言葉が無いために・・飛躍することが多いのです。症状をいきなり病気(根本原因)にしてしまいます。例えば「プロジェクトが遅れています」「問題だな、対策会議をやろう」となります。プロジェクトに限りませんが仕事の遅れは「問題」ではなく「症状」と言い換えましょう。そのほうが、いくつかの症状から根本原因を特定するという建設的で効果的な問題解決プロセスを実現することができます。

ここで筆者は症状という言葉をお薦めしていますが、他に適切なものが見つからないからです。適切な言葉を選ぶことは論理的思考を深めるための第一歩となります。さらに言うと、そのためにも文書で記録を残すことが、きわめて重要になります。これについて本稿の最後に述べることにします。

【4】文書記録の重要性
わが国は欧米に比べて文書による記録をおろそかにする悪習が際立っています。公文書をかんたんに破棄したり、あるいは改ざんします。こういう文化は企業においても見られます。この課題は次回に取り上げる予定ですが、論理的思考を深めることに関係することを二つだけ述べることにします。

・口頭ではなく文書で伝える
経営者に限りませんが、重要な告知や方針などはすべて文書で伝える必要があります。まず、口頭のみの伝達では、意図が誤解されたりまたは全く伝わらずに消え去ることもあります。そして、文書にすることで筋道だった構成にして全ての関係者にわかりやすくすることができます。

・会議録や業務の成果物などをすべて文書で残す
DXやテレワークが進展しています。業務の成果物をすべて組織の共有財産にすることが容易になりました。ノウハウの伝承、職場での教育などをすべて文書で残すことが求められます。DXやテレワークが未着手の企業においてもできるところから始めることが必要です。

次回は番外編(3)として、文書記録をおろそかにする日本の文化について述べることにします。我われ日本人が論理的思考に大きな弱点をもつのはこの文化にあると考えています。