プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第73回

次元上昇で多様な人材を輩出する
 ~設計リードタイム短縮は設計改革への道(その6)

前回は、組織の次元上昇のきっかけになるイベントのうち小さなイベントを紹介しました。大きなイベントも小さなイベントも一緒になってジクソーパズルのピースを集めて大きな絵を目指すことが次元上昇ということでした。
今回は、次元上昇を達成したひとつの事例を紹介します。20年以上前に業績の奇跡的なV字回復を実現した日産のゴーン改革です。そこでは、活動を通じて多様な人材が輩出することになりました。開発や設計のパフォーマンス向上には多様な人材が輩出することが必要であり、これは同時に企業トップの後継者育成にもつながる重要課題であることを述べます。

【1】誰もが改革のきっかけを求めていた
当時の日産は長期的な業績の低迷に悩んでいました。組織の誰もが改革の必要性は理解していました。しかし、組織のパワーを何にどうやって集中させていくか、これが欠けていたと思われます。つまり、組織は改革のきっかけを求めていた、こういう状況だったのでしょう。改革にはこのような環境が欠かすことのできない要素となります。

現在は世界的なコロナ禍の状況にあります。ほとんどの人たちの認識は、もうコロナ以前の社会に戻ることはできないということです。わが国の社会にも大きな変化が起こりつつあります。どの企業組織においても、様ざまな改革が必要な状況におかれています。これは積年の課題やチャレンジすべき課題などに取り組む絶好の機会と言えます。

【2】多様な人材を発掘し育てた
ゴーン改革では、いくつかの重要課題が達成されました。生産拠点の統合や廃止、それに伴う他拠点への移転、購入部品の一社集中購買による原価低減、コアでない事業の売却等などです。その課題ごとにプロジェクトが機能しました。ここでは、たんにプロジェクトという呼び方ではなくCFT活動(Cross Functional Team 部門横断活動)としたことも、部門の壁を破り協働を促進させる効果があったと思われます。このような活動の過程でチームのメンバーが成長していったのでしょう。

しかし、人材の成長を活動の副産物に留めることなく意識して加速させました。そのために人材の発掘と育成を経営のルーティンに組み込みました。新設された人事委員会は、育成対象の人材を把握し育成計画を定期的に審議する場となりました。経営陣が従業員のポテンシャルを共有する、そして適切な人事異動やプロジェクトへの参加を実行する。人材は部門が占有するものではなく全社で共有すべき、こういった考えのもとに多様な人材の発掘と育成が進行しました。

【3】改革の影 長期間ゆえの失敗だったのか
この改革を語るとき、改革の影の部分を避けて通ることはできません。ゴーン元CEOが報酬過少申告の疑いで逮捕されたのは、2018年11月のことでした。ルノーから日産のトップに着任した1999年6月から20年間にわたり経営トップとして企業を舵取りする立場にありました。「改革初期の5年間は抜群のリーダーだった、そこで交代すべきだった」このような批判もありました。創業は易く守成は難し、よく知られた格言です。確かにその通りだったのかもしれません。

わが国の企業、とくに創業者系譜の経営においては20年を超える長期間はとくに珍しいことではありません。長期間にわたり経営者が交代しないことは、安定した立場を前提にして従来にない思い切った施策を実行できる長所があります。これは現在のような変革期を乗り切るためにはきわめて重要なポイントであることは間違いありません。もちろん、長期間にわたり企業トップが交代しないことの短所も少なからずあるでしょう。

創業よりも守成のほうが難しいことを説いた古典からも、風通しの良い組織は必須であることが読み取れます。守成には後継者育成というきわめて重要な課題が含まれます。多様な人材を輩出することが、この重要課題を達成できるカギになると考えます。

【4】改革のためのテコ効果を活かす
製造業の場合、開発や設計部門のパフォーマンスが企業全体のそれを左右するテコ効果をもちます。このようなテコ効果を、プラスの方向に作用させることができます。上手に活かして、改革の活動を全社に波及させる動力源にすることができます。

開発や設計改革の中間的なゴールとして、筆者はまず風通しの良い職場を考えます。開発や設計に関しては、職位の上下や知識の多少に関わらず自由に発言し討議できる雰囲気がある。従って、決まったことは全員が率先して実践する。職場にそのような雰囲気と規律があれば、多様な人材が輩出する環境が整ったことになります。これらを前提にして開発や設計部門のパフォーマンスが向上し、それが企業全体に好影響を与える。そのようなシナリオが考えられます。

このときの企業トップの経営スタイルとしては、わが国の特長である全員参加型のおみこし経営が基本となります。もちろん、現在のような変革が必要となる時代にはトップダウン型のボート経営もタイムリーに織り込みます。次に、前回述べたようにジグソーパズルの大小のピースを集めて大きな絵を目指します。大きな絵の構図は経営者自らが腕を振るうことになります。