プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第59回

リーダーの全体観

前回は、変革期におけるリーダーの舵取りについて、電気自動車(EV)への大転換を迎えた自動車業界の状況について述べました。とくにトップ企業であるトヨタの潮流に逆らうリスクについて、過去のハイブリッド車(HV)の大成功へのこだわりや、将来のエネルギー革命(水素ガスへの転換による脱炭素)についての誤解があることを指摘しました。今回は、このような社会の大変動があるときに欠かせないリーダーの全体観について述べることにします。

全体観とは聞きなれない言葉かもしれません。社会の現象は浜辺に打ち寄せる波のようなものだと説明する人もあります。波だけを見るのではなく、沖合いでどのような潮の流れの変化が起きているのかを理解しないと全体像を理解できない。大局観という言い方もできます。筆者は吉田耕作氏の著書で初めて知りました。目先のことや部分だけに囚われず、先のことや全体も考えようというときに役立つヒントが得られます。組織のリーダーに欠かせない観点です。

【1】脱炭素社会で期待される水素ガス
まずわが国のエネルギー供給は炭素を含む化石エネルギーが圧倒的に多くを占めています(図1)。石油、石炭、天然ガスなどすべてに炭素が含まれています。脱炭素といってもこれらの化石燃料からの二酸化炭素(CO2)の排出量をいきなりゼロにするのではなくCO2の排出と吸収を同じ量にすることが求められています。

化石燃料と異なりCO2を排出しない燃料として世界的に期待されているのが水素ガス(H2)です。H2は石油や天然ガスなどの化石燃料からつくることができるそうですが、石炭からも可能だそうで、オーストラリアの褐炭(低品位の石炭)からH2をつくるプロジェクトが進行中です(褐炭水素プロジェクト)。
理科の実験でやったように、水を電気分解すれば水素と酸素が発生します。化石燃料からつくるよりも、水からつくるほうが炭素を含まないだけ合理的だろうと素人の筆者は考えます。しかし世界的に期待のかかるH2ですから、その製造方法としてとりあえずは何でもやってみようということかなと理解しています。

出典 資源エネルギー庁

図1 一次エネルギー国内供給の推移(2018年度) 化石燃料は約86%


ところで、わが国は間違いなく資源小国です。化石燃料のほとんどを輸入に頼っています。省エネをはじめとして賢く使っていく必要があります。ここに、実質GDP当りのエネルギー消費の主要国比較があります(図2)。少し古い情報ですが、わが国はトップクラスの数値です。資源小国をわきまえて対応している結果でしょう。

出典 資源エネルギー庁

図2 実質GDP当りのエネルギー消費 主要国比較(2016年) 日本=1


【2】自動車業界における水素ガスの適用は進展するか
前項で述べた「脱炭素社会で期待される水素ガス」は、発電や都市ガスなどの大規模エネルギー源として、あるいは航空機、船舶、大型トラックなどの分野では将来の燃料としての適用は選択肢のひとつとしてあると思われます。
しかし、乗用車用として、つまり世界の自動車メーカーが競い合う自動車市場ではまったく適用できないと考えます。この市場での水素ガスの適用は進展するかという問いの答えは、全く否定的です。その最大の根拠は、欧米の全ての自動車メーカーが電気自動車(EV)に舵を切ったからです。中国のメーカーも同様な動きとなるでしょう。
このような潮流に乗らないのはトヨタをはじめとする日本のメーカーです。ホンダはようやくEV路線に舵を切りました。日産は世界の各社に先駆けて10年以上前からEVを発売、累計50万台を販売していますが、昨年(2020年)のEV販売ランキングでは上位12社にも入っていません。

【3】水素ガスを使ったFCV(燃料電池式電気自動車)について
EVと対比したときの問題点は次のとおりです。

①構造が複雑
H2を化学反応させて電気を発生させる発電装置が必要になる。その分コストが高くなり構造も複雑になる。EVのようなモーターと電池というシンプルさに欠ける。

②H2充填スタンドが必要
これはEVのような充電スタンドよりもはるかに複雑になる。経産省の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」によれば2025年に320ヶ所程度の水素ステーションを整備することを目指す、とのこと。一方、充電スタンドについては日産やテスラは国の補助に頼ることなく自社で全国展開。最近では充電ビジネスの参入もあり。全国で30,000ヶ所程度と言われている。
但し、長所を述べておくと、MIRAI(トヨタ)の航続距離は850KM(カタログ値)でEVとは圧倒的な差をつけている。ガス充填の所要時間はガソリン車よりも短い。

③燃料代(燃費)
ネットで見つけたオーナーの記録によると、ガソリン車との比較で同等。ハイブリッド車には劣るとのこと。少なくともEVのようなガソリン車に対する圧倒的な長所は無さそう。

以上をまとめると、FCVがEVと差別化できる圧倒的な商品性はありません。FCVにこだわる理由は筆者には見つけられませんでした。

【4】全体観は身近な情報から
あえて全体観などと持ち出さなくても、筆者には自動車業界の今後はEV化、そして次に自動運転の時代になるように見えます。
ちなみにテスラは「260万円台のEVを3年以内に製造する」と発表しています(2020.09.22)。わが国で販売すると、国と自治体の補助金70~80万円があるとして200万円を切る価格で購入できることになります。そのときは、まさに国内市場で価格破壊が起こるでしょう。

また、EV化と自動運転により自動車製造の部品構成で半導体の需要がより一層高まることでしょう。ここ1年ほど世界のどの自動車メーカーも半導体の供給不足に悩まされました。経産省は「水素・燃料電池戦略」などに肩入れするのはもうやめて、目先の新規半導体の需要増大に注目してもらいたいものです。今から着手しても、増大する半導体需要を部分的にでも国産化する時間は残されているかもしれません。

EVが増えると電力需要が増えます。東電は「今年の夏は需要が増えて供給がぎりぎりになる」と言っています。原発の稼動率アップは考えないままなのか不明です。ともあれ、EV化による電力増大は(自動車全てがEV化したとの仮定で)現状の5~10%増加にとどまるという試算を見つけました。EV化の大欠点として発電所をあらたに建設する必要があると、力説する人があります。力説する前に上記のような試算を精査すれば、力説する根拠の妥当性がわかるでしょう。

マスコミやネットの情報だけで、EV化は時代の潮流であることが見えてきます。身近な情報だけでも全体観をもつ一助にすることができます。