プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第56回

設計のマネジメントフリーは企業ガバナンスから

前回と前々回は番外編でした。まずは英国のワクチン接種計画の成功例、科学と論理を駆使したタスクフォースの取り組みを紹介しました。次にボート経営に比較して、わが国のおみこし経営に伴う多様で粒ぞろいの担ぎ手は、他国からは青い芝生に見えるのではないだろうかと述べました。今回は、設計のマネジメントフリーについて53回からの続編です。

企業ガバナンスとは、健全な経営を目指す企業自身による管理体制のことです。2000年代の大企業における不祥事が多発したことから注目されるようになりました。企業統治と呼ばれることもあり堅苦しい感じがしますが、これまでの不祥事ゆえにやむをえないことでしょう。
本連載は、このような不祥事とは全く無関係な中小企業を対象にしています。また、本稿でガバナンスとは、社内のルール、決めごと(プロトコルといったカタカナ表現もありましたね)、規律などを含む広い概念として使うことにします。

【1】5S活動はガバナンスの優れたお手本
ガバナンスと聞いて筆者がいつも感銘を受けるのは製造やサービス現場の5S活動です。
5S活動において、5つ目のSは「躾」すなわち「規律」です。5Sは「整理」「整とん」「清掃」という行動を自主的・自律的に継続することにより「清潔」な職場環境を目指します。結果として組織に「規律」が生まれます。これは、まさにわが国の企業文化として誇るべきガバナンスのひとつと言えるものでしょう。付加価値を生み出す企業活動の最前線において、自主的・自律的な取り組みが存在している。しかもその活動は企業が提供する製品やサービスの品質と企業現場の生産性に直結している・・。このようなきわめて優れたガバナンスが、全国的に当たり前のように普及している国は日本だけでしょう。5S活動はわが国の誇りです。
ボート経営の世界ではリーダーが全てです。漕ぎ手はリーダーの指示・命令によって動きます。そこには、漕ぎ手の自主的・自律的な活動はありえません。かっちりとした規則のもとでの動きだけでは、漕ぎ手としては息苦しさだけだろうと想像できます。
わが国の5S活動は自主的・自律的な活動の継続を基本としています。まさにマネジメントフリーを目指した取り組みの代表的位置づけにあります。

【2】設計のマネジメントフリー
テレワークもマネジメントフリーも、いずれも時代の潮流であると述べてきました。そして、マネージャーとリーダーについて筆者の使い分けを次のように紹介しました。

マネージャー:会社という複雑なシステムをうまくまわす役割をもつ人
リーダー  :改革・変革する役割をもつ人


「複雑なシステムをうまくまわす」、ここも時代の潮流から言えば「複雑からシンプルへ」という流れが確実にあります。
クルマについて言えば、その運転は初期はプロのドライバーの仕事でした。それが誰でも運転できるようになりました。さらには自動運転の時代を迎えています。クルマのハードはエンジンを使わない電気自動車(EV)に移行し、圧倒的な構造の簡素化が実現します。「複雑からシンプルへ」に伴い異業種からの参入が既に始まっています。
マネジメントにおいてもシンプルになる流れは当然のことと言えます。読者の皆さまは、製造の現場において同じような流れを現実に経験されています。設計プロセスも製造の現場と同じです。機械化、自動化、無人化などの取り組みが必須となります。蓄積した経験をすべてこれらの取り組みに反映させる、それをいかに迅速にやっていけるか。ここが企業競争力の大きなカギになるのでしょう。

インダストリー4.0について、2016年にドイツ視察ツアーに参加しました。日本でもトップクラスの販売シェアをもつ機械設備メーカーA社を訪問しました。製造プロセス稼動状況の見学と、A社サービスの説明を聞きました。A社は設備を導入した顧客企業から、製造に関わる必要な情報を吸い上げて「その情報を独自に編集したものを全ての顧客へ提供するサービス」を説明していました。「製造に関わる必要な情報」は企業固有の技術資産です。これが複数の顧客企業間で共有されるようなら企業独自の競争力は殺がれる方向に進むだろうと感じました。

設計のマネジメントフリーは時代の潮流であると思いますが、機械化、自動化、無人化などの取り組みに企業独自の工夫を盛り込むことが欠かせないと考えます。

【3】設計に求められる変革のためのリーダー
コロナ禍が無かったとしても現在は明らかに変革期にあると述べてきました。変化の時代はマネージャーよりもリーダーの出番が増えることになります。ここでリーダーとは、前項で述べたように「改革・変革する役割をもつ人」という定義で使っています。リーダーの役割を誰にもたせるかは大きな課題ですが、それは別にとり上げることにします。ここではそのようなリーダーがいる前提とします。このような取り組みをするとき、リーダーは次のようなジレンマに直面します。

設計プロセスの機械化、自動化、無人化などを進めると
・そのためのヒト・モノ・カネなどの投資が必要になる
・プロセスがシンプルになると、同時に競合他社との差別化が難しくなる
・従って、投資に見合った販売価格への適切な反映が難しくなり利益率が悪化する

注)「プロセスがシンプルになると・・差別化が難しくなる」とは、プロセスの業務が従来よりも難易度が下がり、かつ、業務そのものがシンプルになる、という意味です。そして、1社がこれをやるとそれが業界全体に波及する。そういうことを想定して述べています。

もちろん、設計プロセスにおいて他社がすぐには追いつけない独自の工夫でマネジメントフリーが実現できれば上記のようなジレンマはしばらくの期間は無いのでしょう。それは次の競争優位のための時間を稼ぐことになります。しかし、これはきわめて理想的な状況です。
変革のリーダーが直面するのはこのような理想的な状況ではなく、業界全体が設計プロセスの複雑からシンプルへの過渡期に生じる品質不具合や利益率の悪化などであると考えています。