プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第55回 回り道でカイゼン(5)

隣の芝生は青く見える

前回は「プロジェクトでカイゼン」の番外編、回り道でカイゼン(4)として英国のワクチン接種計画での秀逸な取り組みを紹介しました。折りしも、わが国ではワクチン接種が進行中ですが必ずしも順調にはいっていないようです。英国の事例は前回の本欄で述べたように、ボート経営の長所が遺憾なく発揮されたお手本というべきものです。今回は、わが国のおみこし経営と対比してわが国のやり方の長短を述べることにします。

筆者は横浜市に住んでいます。ワクチン接種はネットや電話での受け付けで希望日を予約する手続です。横浜市は人口約370万人ですから、このような大集団において「希望日を予約する」手続は全く現実的ではないように思われます。これとは別のやり方として横浜市で接種日を決めて通知する、これにしても猛烈な業務量になります。どのくらい日数がかかるかは、昨年の特別定額給付金の例でも容易に想像できます。これは一例ですが、非常事態、つまり定常的ではない場合の対応はどうも不得意ではないかという短所があります。コロナ禍対応について、英国と他国の対応をみていきます。

【1】英国のワクチン接種計画の評価

前回とり上げたワクチン接種計画についてジョンソン首相は「偉業だ」と賞賛しているそうです。筆者の情報源はBBCニュースなどに限られますが、国民からの賞賛はまだ見たことがありません。コロナ禍がすっきり解消したからではないからでしょう。現在の政権がやることについての評価はどの国も厳しいようです。
そもそも英国の医療制度はここ10年ほど崩壊に近い状態でした。NHS(英国の官立医療制度)にあてる予算がきわめて不足していたからだと筆者は推測します。例えば、EU離脱の国民投票のとき離脱派は「EUへの拠出金(2014年で140億€)をNHSに」と真っ先に訴えていました。医療制度への予算不足が大きな問題だったことを反映していたようです。
今回のワクチン接種計画は確かに「偉業」であると思いますが、医療制度の再建は課題として残ったままと考えられます。

【2】他の国はどうか

欧米は政治であれ企業であれ基本的にボート経営のスタイルです。トップリーダーがいて、あとは全てボートの漕ぎ手です。民主主義国家のコロナ禍の対応をみると米国は最悪です。これは国民皆保険制度がないからでしょう。そもそもの医療制度がきわめて偏っており医療の恩恵皆無の国民が多数存在するからだと思います。ドイツ、フランス、イタリア、スペインにしてもうまくいっているとはとても言えません。(ここで中国やロシアなどの独裁国家は比較の対象外です)
結論として、ボート経営スタイルの国々であっても決してうまくいっているわけではないということです。わずかに英国のワクチン接種計画のみが優れたトップリーダーがいたので「偉業」になりました。その英国にしても、これでコロナ禍より前の日常に戻れるか誰も何とも言えないでしょう。どの国が、誰がやっても難しい問題であることがわかります。

【3】おみこし経営 日本の強み

コロナ禍の対応については、昨年2月のダイヤモンドプリンセス号の対処策、外国人観光客(主に中国から)の入国禁止に踏み切らなかったことなど、今から考えると悔やまれることがいくつもあります。現在進行中のワクチン接種についても同様ですし、医療崩壊などの声も聞かれます。
ただ、わが国のおみこし経営は担ぎ手が多様で粒ぞろいであることが大きな特長です。ボート経営のようにリーダーに全てがかかっている、ということにはなっていません。おみこし経営はかんたんには崩壊しない構造です。
おみこし経営が非常時に弱い、という傾向があります。これまで本連載で述べてきたように、その対処策ももちろんあります。非常時には、リーダーが指示命令しても、抜擢人事をしても組織として何ら問題は生じません。そして、非常時だからこそやれるということもあります。積年の問題解決や手つかずの経営課題などです。

隣の芝生は青く見えると言います。英国のワクチン接種計画は青い芝生に見えますが、他国から見るとわが国にも青い芝生が大量にあります。
わが国のおみこし経営には多様で粒ぞろいの担ぎ手が伴っています。どの国にも無い大きな特長であり資産となります。これをうまく活かすことがわが国の、そして経営の王道であると考えます。