プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第42回

組織の活力を維持しながらリーダーの論理を優先する

前回は、わが国の特長である多様性を壊すものは、整理統合という多様性の真逆の考えであり、その方向の産業政策はわが国の産業界全体の活力を殺ぐことになると述べました。他方、多様性はさまざまな意見をそのまま受け入れます。いざというとき、正論や秀逸な意見があっても全員が一致してその方向に従うことが難しくなります。そのとき、組織の総意が優先し論理は軽視される。これはおみこし経営の大きな弱点であることを筆者の体験事例で説明しました。
今回は、多様な意見の中から経営者がボート経営的にリーダーの論理を最優先しても、おみこし経営の特長である組織の活力を維持できるやり方を見ていきます。まず、おみこし組織で総意とは異なる正論や秀逸な意見が出たとき、どう対応したかを本連載前回の事例を使って説明します。

【1】正論や秀逸な意見であってもとり上げない・・おみこし経営の弱点
役員会で「赤字になる新商品計画が堂々と提案されるとは驚いた」、これはまさに正論ですね。組織の常識に反することでしたが、新参の役員としては当然の驚きを表明しただけでした。しかし、トップリーダーが新入り役員の正論をとり上げることはありませんでした。せっかくの好機は生かされないまま消え去ったわけです。おみこし経営の弱点がストレートに現われた一例と言えます。

【2】リーダーの論理優先で判断する・・ボート経営の基本
厳しい競争状況にある分野での新商品計画提案の審議で、改善の見込みが無いことに気づいたリーダーは即座に計画の中止を決めました。この決定により、競争環境の全く異なる新商品計画が代替案として生み出されることになりました。このときの決定者は典型的なボート経営のリーダーでした。ボート経営の基本はリーダーの論理を最優先することですから、組織の総意などよりもリーダーの判断が優先します。ボート経営の強みが発揮された一例です。また、結果が悪いときでも経営スタイルそのものに疑問が生じることはありません。

おみこし経営では、このような「鶴のひと声」的な介入は組織の総意を無視することになるので望ましくありません。結果がうまくいかないとリーダーの責任、リーダーの失策と受け取られます。失策は、その後の組織運営に影を落とすことになりかねません。おみこし経営においては、組織の総意や常識に反する介入が必要なときは別のかたちをとることになります。次にその一例を紹介します。

【3】リーダーの介入がうまくいくとき
数々の名馬を育てた調教師の藤澤和雄氏の著書に次のようなことが書いてありました。彼が英国で調教師になるために学んで帰国し、ある厩舎に新入り厩務員として入門したときのことです。「競走馬私論~馬はいつ走る気になるか」から、一節を紹介します。

競走馬に飼葉を与える時刻は、この厩舎では担当する厩務員によってまちまちだったそうです。馬の立場だとこれは非常なストレスになる。お隣さんはどんどん飼葉がきているのに私には全く無い。いつになったら来るのやら・・。空腹は募るしストレスはたまる一方、これは競争馬の健全な成長にとって非常によろしくない。英国では馬に飼葉を与える場合、全ての馬に一斉に同じ時刻に与える。この厩舎では、馬を育てる基本中の基本が全く無い。新入りで最も若かった彼が並み居るベテラン厩務員を前にして、あるときこれはおかしいと正論を発言した。疑いもしなかった組織の常識への挑戦だったことでしょう。ベテラン勢はあまりのことに声も無い。そこに口火をきったのは厩舎を預かるトップリーダー厩舎長のひと言だったそうです。「藤澤の言うとおりだ、これからはそうしよう」、リーダーの完全な賛同が問題を解決しました。

【4】前段階のプロセスがカギになる
新入りに限らず誰かの提案をリーダーが率直に受け入れる。これがそのプロセスになります。おみこし組織にボート経営によるリーダーの論理を優先させるためには、たったひとりであっても組織構成員の正論や秀逸な意見があればよいのです。但し、このような鶴のひと声を確実にするためには前段階のプロセスが欠かせません。このプロセスを踏むことによって、組織の活力を維持しながらリーダー固有の論理を優先するやり方ができます。これだと結果がうまくいかないときでもリーダーの責任やリーダーの失策とはなりません。おみこし組織内の多様な意見のひとつを選択したのですから、おみこし経営の約束は守られています。これで、その後の組織運営に悪い影響を与えることもありません。次回は、おみこし経営に欠かせないこのようなプロセスについて述べることにします。