プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第41回

わが国の強みである多様性を壊すもの

前回は、オンライン講演会での参加者との質疑応答から見えてきたこれからの中小企業経営における注意点やヒントなどを述べました。わが国は信頼を基本とする社会であることからどのような企業や国とお付き合いするかの着眼点があること、またおみこし経営を基本としつつボート経営も必要なことからトップリーダーの組み合わせも重要であることなどを述べました。
今回は、わが国の強みである多様性を壊すものや本質的な弱点などを述べることにします。

【1】中小企業は多様性の象徴
本連載前回のトップ画像は何だったでしょうか?


そうです、ジグソーパズルの日の丸が少しずつ壊れていく図でした。日本の企業は358万社あり、その99.7%は中小企業です。ピースを企業と見立てます。中小企業が乱立しているからといって(多様性ゆえの乱立です)整理統合することは、中小企業の活力ひいてはわが国の産業界全体の活力を殺ぐことになります。多様なピースをまとめて平均化することはパズルの核心、つまり面白さをなくすだけです。
筆者はそのような産業政策の延長上に旧ソ連の姿を連想してしまいます。計画経済とやらは破綻してソ連という国そのものが崩壊しました。国民の暮らしやすさでダントツの日本のような国にそのような方向の産業政策は馬鹿げたことです。個々の企業のあり方を決めるものは、消費者であり企業自身であるはずです。もちろん、企業向けの行政サービスをさらに充実させる必要があることは言うまでもありません。他方、多様性を特長とするおみこし経営には弱点もあります。本稿では、筆者が気になっていることのうちまずひとつをとり上げます。

【2】論理を軽視して必要な行動をとらない
おみこし経営について、筆者の見解を前回の連載で次のようにまとめました。

特徴 組織の多様な意見を尊重する 人は自前で育て切り捨てない 
傾向 組織の総意が優先し論理は軽視される
弱み 非常時の意思決定と行動開始に時間がかかり過ぎる

ここでは「論理を軽視して必要な行動をとらない」ことについて、筆者が勤務していた日産での体験を述べます。個人の体験に過ぎませんが、論理を軽視する傾向は産業界に限らずわが国のどこにでも共通すると考えています。

日産では大手銀行や監督官庁から経営メンバーを迎える企業方針が定着していました。筆者の所属していた財務部門のM常務(当時、後に副社長)は銀行出身の方でした。初めて出席された役員会で「赤字になる新商品計画が堂々と提案されるとは驚いた」と発言。筆者を含め全ての関係者は頭を殴られた感じがしたと思います。なぜなら、ライバル車が多く競争の激しい分野では赤字であっても競争力のあるところで利益を出せばよい、これが社内の常識だったからです。この分野では慢性的な赤字に悩んでいました。そのようなときは、リクツを突き詰めて競争力が低いことをきちんと分析し対応策をまとめることが必要です。そして、分析の結果として何らかの代替策を検討し実行することになります。場合によっては、その分野から撤退することになるかもしれませんし、別の分野で新規参入することもありえます。しかし、M常務の発言がこのような方向に生かされることはありませんでした。経営トップを含め組織の総意は、問題を解決する論理の追求には鈍感だったと思います。コスト改善活動の強化などはあったにせよ抜本的な改革はなされませんでした。当時、組織の一員だった筆者としては自戒を込めて書いています。

【3】論理的結論から直ちに新しい方向を決定する
日産の経営トップであったゴーン氏の経営判断について、親しくしていた日産の後輩から聞いたことを紹介します。前項で述べたことと全く同じ状況で、彼は異なる判断をしています。欧州事業でも競争の激しい分野ではなかなか利益が出ずに苦しい状況が続いていました。そこで既存の商品をモデルチェンジする計画が提案されました。その計画では今後も利益確保が難しいことは変わらないことを知って、彼は即座にこの計画の中止を決めた。この商品はもうやめろということです。
欧州市場は国内市場とは異なり限られた商品しか販売していません。国内市場のように、赤字商品はあっても他の商品でカバーすればよい、というわけにはいきません。この商品はもうやめろと指示された欧州事業部は苦心のすえに全く新しい分野(SUV)に参入する新商品計画を提案しました。利益の見通しも良かったので、この提案は実行されました。当時はまだ競合が少ない分野だったのでほとんど独壇場に近いかたちで好業績をあげることができたそうです。見込みの無い分野からは撤退しかわりの新分野に参入する、後で聞くと誰にでもわかるリクツです。組織の総意が優先し論理は軽視される。総意を優先することは、単なる惰性であったり、論理的思考をやめることだったりします。おみこし経営の弱点のひとつです。

【4】剣なき秤は無力、秤なき剣は暴力
これはご存じのように司法や裁判の公正さについての慣用句です。剣を経営のリーダーシップ、秤(はかり)を論理からの結論と例えてみると次のようになるでしょう。

・リーダーシップが欠けると正しい結論を活かすことができない
・論理的な裏づけの乏しい計画を強行すれば破綻する

ボート経営においては経営のリーダーシップがつねに前面に出てきますが、おみこし経営の場合は異なります。組織の多様な意見を尊重する姿勢は変えないとして、組織の総意にはなりにくい論理的な結論を上手に活かすことが求められます。