プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第35回

戦時に必須のボート経営

前回は、おみこし経営の陥りがちな弱点として「戦時(非常時)の対応に弱い」、「組織内でコンセンサスを取りつけることが難しい」、この二つをとり上げました。組織内の多様な意見を尊重する強みは、このような弱点も合わせもつことを述べました。もちろん、現実には二つのやり方は混在することになります。今回は、混在するなかにもわが国に固有の傾向を取り上げます。おみこし経営を基本としつつも、戦時にはボート経営が必須であることを日産ゴーン改革などに基づき述べていきます。

【1】戦時だからこそ必要となる信頼感
前回紹介した日産ゴーン改革は、おみこし経営とボート経営、両者をうまく活用しました。
典型的なボート経営のリーダーが日産ではおみこし経営を取り入れて、大きな改革を達成しました。戦時(非常時)の対応において、その基本はボート経営でした。それにもかかわらず、おみこし経営の最大の特長である、多様な意見をよく聞くことを取り入れて大きな成功に導きました。その成功の要因を考えてみると「信頼感」が柱になったと言えます。

【2】組織のカルチャーをできる限り尊重する
フランスと日本、カルチャーが大きく異なる組織でまずは現場の声をよく聞き、それを施策に取り入れ大きな信頼を勝ち得ました。おみこし経営に慣れた組織に対してベストのやり方だったと思います。マスメディアによる「改革の裏で大量の従業員を整理し・・」との報道がありますが、これは事実に反します。ひとつ、印象的なことを紹介します。資金不足で、さまざまな資産を売却しました。例えば保有していたプロのサッカーチーム。ところが、社会人野球で活躍していた野球部は売却しませんでした。プロサッカーの場合、チームを売却しても買い手があるので、誰も失職しない。野球部の場合、選手やコーチなど関係者全員が失職することもありえる。野球部を売却しなかった判断は、従業員にとって「単なるコストカッターでは無い」という印象と経営姿勢への信頼を深めることになりました。ボート経営には無い方向ですから、いってみれば良い方向への意外感があったと思われます。

【3】大きく構えるほうがうまくいく
わが国のやり方は、海外から Too little To late (少なすぎるし、遅すぎる)と批判されることがあります。慎重で丁寧な対応がそのように受けとられるのでしょうか。ゴーン改革以前に、日産は首都圏にある座間工場の閉鎖を実施しました。生産工場の海外展開に伴い、国内の生産能力過剰が問題になっていました。それへの対処策でしたが、いかにもこれだけでは解決しないと強く感じました。あとはどうなるのだろうとの不安だけが残りました。
ゴーン改革では、関連企業を含め3つの工場閉鎖と2つの部品工場閉鎖を実施しました。
過去からの問題を清算し、心機一転してさあやるぞという意気込みが不安を打ち消す感じになったと思われます。
前項で述べましたが、マスメディアによる「改革の裏で大量の従業員を整理」、これは整理が解雇という意味なら事実に反します。従業員にとって不本意な転勤や転籍はあったとしても、失職して路頭に迷う人は無かった。欧米のボート経営ならばこういう論議をする余地はありません。しかし、ゴーン改革ではこういう対応があったので、経営に対する信頼とともに全員の一致協力を引き出すことができたのでしょう。ちまちまやるのは効果が低いうえ、反論も多い。信頼感をもとに根本的な改革を大きく打って出るほうがかえってうまくいく、という好例ではないでしょうか。

【4】リーダーに全てを任せる
わが国で初めてとなる一般消費者向け宅配便を導入した小倉昌男氏の著書によると、改革が成功するためにはリーダーに全てを任せることが必須となるようです。それまでの特定ユーザー向け大口配送ビジネスから「宅急便」への転換は、全ての役員が反対だった。しかし、反対の役員であっても、経営トップの不退転の意思と見識には相応の信頼感があったのではないでしょうか。
ゴーン改革当時の塙社長は、ルノーのシュバイツアー会長(当時)と強い信頼関係を築きました。その信頼関係が揺るぐことは無く、ゴーン改革において経営陣で塙派とゴーン派といった対立関係が起きることはありませんでした。改革のリーダーは、外野からの雑音を気にすることなく改革に専念できました。余計な条件をつけず、信頼関係に基づきこういう環境をつくり上げることは、やはりおみこし経営的な発想ではないかと筆者は感じています。