プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第30回

わが国にぴったりの経営哲学・・三方良しの発展形

前回は、経営者の夢を実現することが現場の活力を生み出す事例として、ホンダジェットの成功例を紹介しました。これはホンダという企業の創業からの成長と発展をよく示している成功例です。製造業として創業時は自転車用補助エンジン(国内販売のみ)、それから二輪車とその輸出、自動車では世界的に確固たる地位を築くまでに成長しました。そして、創業者の夢を叶えた航空機業界へ進出するほどの発展を遂げました。
これまで、現場の活力を生み出すもとになるもの、さまざまなやり方や環境などを紹介してきました。今回は、それらのわが国の経営の特長を再度振り返ることにします。そして、三方良しの経営はさらにわが国にぴったりした経営哲学に発展しました。いわゆるグローバル企業の極端な株主資本主義に代わる、欧米からの借り物ではないものが登場したことを紹介します。

【1】信用と信頼
2015年に発覚したディーゼル車の排ガス不正事件は、ドイツの大手自動車メーカーがそろって手を染めたことでした。このような組織ぐるみの犯罪を1社のみでなく大手がそろってやったことは、まさに「儲けるためには手段を選ばず」で一致していました。我われのように信用と信頼を最重視する企業経営からは想像もできないことでした。また、これらの事件は「損害を補償すればそれで終わり」ということで決着しているようです。これでは「儲けるためには手段を選ばず」はそのままで何ら変らないことでしょう。これについても筆者は大きな違和感を覚えます。

【2】教育や訓練の機会
すべての国民に対して教育の機会があることは、世界的に見て現在ではさほど珍しいことではありません。しかし、教育にはコストがかかります。その期間をなるべく短縮したほうがコスト節約になりますが、わが国はそのやり方はとっていません。就職してからも教育の機会があることは、世界で際立つわが国の特長と思われます。そのひとつ、OJT(仕事を通じての教育・訓練)もわが国独自のものと言えます。よく「即戦力」の人材と言われますが、自社で一から育てることが企業の強みや活力のもとになっています。何ごとにおいても「すぐ役立つ」ことは「すぐ役立たなくなる」側面を合わせ持っています。企業の競争力を担うものは、企業が独自に育てた人材である。この事実こそが、とくにわが国の中小企業の強みとなっています。天然資源の乏しいわが国の資源は人材であると言われますが、自社で手間をかけるからこそ人材として育ちます。

【3】現場の活力が高いレベルの生産性向上を実現するもとになる
主要先進7カ国の労働生産性の順位の変遷(時間当り)を見ると、日本は約50年間ずっと最下位を続けていることは本連載でも紹介しました。これも欧米の「株主資本主義」の指標ですから、わが国には何の関係もありません。しかし、生産性向上のための活動は欠かせません。従来から進めてきた現場改善の活動をさらに高いレベルを目指して進めることが必要です。その目標のひとつは、コストや品質で圧倒的な競争力をもつことです。例えば、そのために職場の「名人芸」を容易化する、機械化する、自動化するなどがあります。現場の活力がその実現のためのもとになることを述べてきました。

【4】わが国にぴったりの経営哲学とは
近江商人の経営哲学である「三方良し」は、欧米の「株主資本主義」や中国のような「国家資本主義」などのいずれでもなくわが国独自のものです。近年、「公益資本主義」という日本発の新しい潮流があります。筆者は、これを「三方良し」の発展形と考えています。もともとわが国では「自分さえ儲かればよい」「儲けるためには手段を選ばず」といったやり方を忌避してきました。
欧米のやり方である株主資本主義の限界や行き詰まりが、今回のコロナ禍でさらに明確になっています。わが国の状況は、欧米に比べれば感染症の被害は比較的落ちついており、医療体制も崩壊や破綻という状況にはなっていません。何よりも社会不安や暴動などという状況にもなっていません。
これらの背景のひとつとして、従業員をかんたんには解雇しないわが国の経営姿勢があります。コロナ禍の対応状況を踏まえれば、欧米からの借り物ではない我われにぴったりしたやり方に戻ることが自然な流れと考えます。