プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第144回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代の命令(その4)

前回は、命令について語るとき、我われはなぜ本能的に命令を嫌うのかをとり上げました。もちろん、ここでの「我われ」とはおみこし経営を前提にしています。わが国では基本的に欧米式(とくに米国式)のボート経営は稀な存在と言ってよいでしょう。日産復活を成功させたゴーン改革において、トップはボート経営でも日本人副社長たちはすべておみこし経営でした。こういう成り行きは、必然のことだったでしょう。これは何も企業経営に限りません。さまざまな組織運営において、わが国において欧米式のボート経営はなじみにくいのです。もちろん、非常事態においてはトップが強いリーダーシップを発揮する必要があることは言うまでもありません。DXの状況で、日本的な経営の中に「命令」の要素をうまく取り入れることができるツールを紹介しました。

今回はこの続きです。前回説明したようにコミュニケーションツールの進化が命令のスタイルを変えることについて述べます。

【1】口頭での命令は難しい
そもそも命令は、日常的には使い慣れない意思表示のやり方です。そして、発令者(上司)としては不本意な内容を伝えることもあります。必ずしも賛成できないことであっても、立場上命令せざるを得ないという状況もあります。従って、慣れないからうまくできないということもあるでしょう。そして伝達が口頭だと、面談中の相手(受令者)の表情などが激変しそれが伝達すべき内容に影響することもありえます。つまり、内容として必ずしも賛成できない、そもそも口頭の伝達に慣れていない、相手の変化が伝わってくるなどの要素がありますから、意思表示の場面としてはなかなか難しい状況にあることがわかります。だからといって、企業トップや上司の方々は命令の伝達をひたすら避けることは許されません。不本意や不賛成であっても、命令の内容についてその背景や必然性について自らの見解を準備しておくことが欠かせません。これは、DXの時代であるか否かを問わず必須の姿勢でしょう。

【2】わが国社会の知的体力の基礎は読み・書き・そろばんから
文章を読むこと、文章を書くこと、計算すること、これらは初等教育で身につける基礎的なスキルとされてきました(スキルとは、知識があって実践できる能力のことです)。わが国では幕末から計算にはそろばんが使われていたので、三つ目にそろばんがとり上げられています。わが国の知的なスキルの基礎にはこの三つがあります。先人たちの知恵はさすがですね。現代でそろばんは登場しませんが、筆者が注目するのは、この慣用句に「話す」が無いことです。会話で、つまり会って話して伝えることは、先人たちの時代にはあまり重視されなかったのかもしれません。現在のビジネス研修で「プレゼンテーション講座」は定番となっています。ところが「読み書き研修」は聞いたことがありません。つまり、我われの社会では読み・書きのスキルは重視されましたが、会話(会って話す)スキルはそれほど重きを置かれなかったようです。つまり、この慣用句は会話よりも読み・書き・計算などのスキルが重視されてきたことを伝えています。これは、歴史的には当たり前のことですね。文章(文字)は有史以前からの記録が残っていますが、会話がテープレコーダーで記録できるようになってから100年も経っていません。つまり、我われ人類は文章のほうが圧倒的に慣れ親しんでいます。

従って、口頭での命令は難しいので、文章でやる手があります。コミュニケーションツールに必要な三つの機能とは迅速性、閲覧性、蓄積性と前回述べました。文章による命令ならば、これらの機能をすべて満たすことができます。

【3】文章による命令を基本とするDX時代のコミュニケーションツール
会って話して(口頭で)伝達する「命令」も依然として必要です。相手に対して説得する要素が多い場合は、とくにそうなるでしょう。わが国のおみこし経営の場合、「命令」という状況はあまり無いように見えます。命令を出すほうも受けるほうも、双方ともに慣れていないという要因の影響もありそうです。

従って、DX時代のコミュニケーションツールは口頭でなく文章で伝えることが基本になります。文章による伝達ならば、口頭伝達とは異なりお互いに慣れているということも有利に作用します。このようなツールを使うメリットは、まず迅速性です。会って話す必要が無いので、関係者がわざわざ面談のために移動することなくすぐに伝達できます。命令を出すに至った背景なども必要に応じて情報を提供することができますから、説得力が増すことになります。発令者としては、受令者が納得できる情報を様ざまに積み上げていくこともできます。会話で伝えるよりも論理的に構成することができます。さらに、次に述べるような当事者たち以外への情報の波及効果もあると思われます。

【4】命令に限らずすべての業務遂行で衆智を集める
Slack(商品名)のようなツールを使えば、発令者と受令者のやり取りを当事者以外にもオープンにすることができます。両者のやり取りを必要に応じて誰でもアクセスすることができます。たんにそのやり取りを知るだけでなく、コメントを出すこともできます。組織の雰囲気にもよりますが、こういう環境は発令者の命令内容についてより良い提案を誰でも出すことができますし、受令者の任務についても実践に際して「こうやったら良いのでは」というアドバイスもできることになります。

ひとつの命令に関連して、たんに発令者と受令者だけでなく組織のあらゆる階層からの知恵を集めることができます。このようなオープンな雰囲気があれば、命令に限らずごく日常的な業務遂行においても衆智を集めることができます。DXツールの活用が様ざまな価値を生み出す可能性を示しています。