プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第143回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代の命令(その3)

前回、DXを想像もできなかった時代の筆者の体験した紙の媒体(大学ノート)を使った業務日誌について述べました。それは固有技術とそのノウハウの伝承に的確に機能したことを紹介しました。上司と部下という狭い範囲ではありましたが、当時としてはそれなりにうまく機能していました。現在のようにDXの時代になると、情報の量とスピードがまず問題になります(情報の質についてはとりあえず別にしておきます)。DXのツールに求められるものとして、三つの観点(機能)をとり上げました。迅速性、閲覧性、蓄積性などでした。これらの機能を見ると、筆者が体験した紙媒体の時代と、DXを駆使する現在とでは圧倒的な進化が見られます。従って、このような進化によってコミュニケーションツールが命令の概念をも転換させることを述べました。
今回は、この続きです。命令の概念について語るとき、我われは本能的に命令を嫌う傾向にあることが大きな前提条件として存在します。DXがこのような前提条件にたいしてどのように作用するかを考えます。

【1】我われはなぜ命令を嫌うのか
そもそも欧米で一般的なボート経営においては、命令は当たり前のコミュニケーションのひとつです。これまでいくつかの米国映画における命令を紹介してきました。「頭上の敵機」、「プラダを着た悪魔」(いずれも連載第137回)、「ハートロッカー」(第138回)などではどちらかと言えば理不尽な命令のほうが強調されていましたが、日本映画であれば無理な展開になってしまう場面でした。我われ日本人の集団では成立しえないと感じられるものでした。

さまざまな命令スタイルを構成する二大要件は「上司の意図」と「部下の任務」と説明してきました。わが国の組織においては、基本的に上司は意図のみを伝え部下は自らの任務を創意工夫するというやり方が好まれます(命令スタイル4つの分類で言えば訓令です)。「好まれる」では言い足りなくて、そういうやり方でなければ部下としてはやる気が出ないと言っても良いでしょう。いかに部下のやる気を引き出すかは上司の工夫しだい、これが日本的組織の基本と言えます。

【2】フランス人経営者は日本的なおみこし経営の理解者だったのか
日産復活劇の立役者だったゴーン氏は完全に欧米式、つまりボート経営の典型的なリーダーでした。それがうまくいったのは、彼が日本式のおみこし経営を理解して実践したからではありませんでした。彼はつねにトップリーダーとしてボート経営をやる(それ以外のやり方はやろうと思ってもできない)。これについて、部下である日本人副社長たちが、それをおみこし経営式に翻訳して組織を運営した、筆者はそのように考えています。要するに、日本の組織は部下のやる気しだい、そのやる気が部下自身の創意工夫を生み出す。そんなふうに考えられます。従って、上司の意図だけでなく部下の任務も、全てを「命令する」ことは誰からも嫌われるのです(命令スタイル4つの分類で言えば命令です)。

【3】わが国の労働観は欧米とは大きく異なる
与えられた自分の仕事に創意工夫する傾向は労働に対する姿勢や価値観が欧米の一般的なものとは全く異なります。フランス政府の年金改革案に対して、今年の1月以来フランスでは全国的に大きな反対運動が起きています。改革案は年金受給開始年齢を現行の62歳から64歳に引き上げるものです。つまり、現在よりもさらに2年だけ現役として働いてもらいたいという政府の意向ですが、国民は猛烈に反発して大規模なデモが起きています。

わが国の企業で、定年を62歳から64歳にしても決して大きな反発は起きないでしょう。わが国では、フランスのように労働を苦役や懲罰と考える一般的な傾向は無いように思われます。むしろ、指示されたこと(上司の意図)から、部下のやるべきこと(任務)を自ら創意工夫して取り組むといった傾向があるべき姿として認知されているように思われます。これは命令スタイル4つの分類で言えば訓令ですが、さらに進めると4つの分類で言えば情報があります。これは、訓令からさらに進化したものになります。情報のレベルでは意図や任務が示されなくても、それを理解してやるべきことに自ら取り組むことになります。

【4】進化したコミュニケーションツールが命令のスタイルを変える
コミュニケーションツールの三つの機能とは迅速性、閲覧性、蓄積性でした。例えば、Slackでは特定のプロジェクトでひとつのチャンネルを設定できます。それに関しては、メンバーの書き込みを誰でも(メンバーでなくても)自由に閲覧・コメントできます。メールではできないことが可能になりました。つまり、命令における二大要件である「上司の意図」と「部下の任務」などがオープンにできるし、周辺情報も関係者がアップしそれを閲覧・コメントできます。本稿の冒頭で述べた紙の媒体(大学ノート)を使った業務日誌の時代とは、まさに画期的に変わったわけです。

Slackのようなコミュニケーションツールが日常的に使われる環境では、情報をオープンにする大前提があります。このような環境で、組織の構成メンバーは情報について全員が自由にアクセスできます。この環境こそが、命令スタイル4つの分類での究極のポジションをつくり出します。我われ日本人が本能的に忌避してきた命令について、DXツールがその障壁を低くできるのは確かなようです。