プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第142回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代の命令(その2)

前回、組織のトップあるいは雇用主の命令スタイルを筆者の経験や見聞から紹介しました。部下の提案を全否定するようなやり方は、もはや遠く過ぎ去った過去の風景です。また、雇用主が守るべきこととして従業員の勤務時間を守ることを述べました。1年365日をほぼ休み無く働くトップの経営する企業に入社を希望する若者は見つからないでしょうし、1日は24時間あると平気で言う上司なども時代錯誤を通り越して絶滅したものと思われます。テレワークがそれなりに普及し、DX化も進行中です。はっきり命令すればトラブルは起きない、これはどの時代においても共通する法則性をもったやり方です。
今回は、このような法則性、つまり仕事の進め方に欠かせない命令に関わるポイントである情報の果たす新しい役割や位置づけを説明することにします。

【1】技術とノウハウの伝承に機能した業務日誌
営業の方々はつねに業務日報が欠かせません。結果さえ出せば毎日の日誌提出は不要である、というわけにはいきません。営業に限らず、業務日誌はどのような業務であれ必要になります。筆者が新入社員として配属されたのは鋳造工場の技術部門でした。鋳造工場の生産する製品は鋳物ですが、これらの製品品質はなかなか一定せず、バラツキが大きいという困った特徴がありました。そのほかに設備における大小さまざまなトラブルも起こります。業務日誌に記載するトラブルなどの情報は毎日いくらでもありました。

ここでは業務日誌として市販の大学ノートを使っていました。見開きにして、右ページに担当者(例えば筆者)が書きます。このページはつねにびっしり記述されます。反対側の左ページは空白にして上司に提出します。課長代理から課長へと回覧され、このとき朱書きのコメントが入ります。いつも退社するまでに提出し、翌日午前中に戻ってくる。そのようなサイクルでしたが、1ヶ月に1冊ほどのペースで書いていました。業務の範囲は広くて奥深いものでしたが、不思議なことに1ヶ月ほどの先輩からの指導があった後は、ひとりで仕事をこなしていました。これは、日誌回覧による技術の伝承がじつにうまく機能していたからでした。筆者が書いたところに、上司による朱書きのチェックや追記がありました。そこには「何年何月ごろのノートを参照せよ」とのコメントもあり、そのノートがきちんと時系列ですぐ近くの書棚に並んでいました。これらの情報の蓄積を当時としては最大級の迅速さで、過去に遡って閲覧できていました。

【2】DXによる現代の業務日誌
お付き合いしている企業A社ではDX化が着々と進行しています。ここではDXについての企業や個人が目指す目標について6つのレベルが設定されています。レベル6を理想として、A社の現状はレベル3とされています。参考までにレベル3は次のように説明されています。

レベル3 情報のスピードと量が確保され明確なシグナル化を目指してDXによる機能改善が推進されている。

業務日誌について言えば、筆者のやっていた当時と位置づけや役割は同じです。しかし、筆者の時代、業務日誌は大学ノートに手書きしていました。DXでは紙の媒体は存在しません。A社においては人によって異なりますが、当日の終業前または翌日の始業時にシステムに書き込むことになります。ここでは、次のような三つの観点すべてにおいてDXの特長が活かされています。

・迅速性:書き込んだ時点で瞬時に全社員がその情報にアクセスできる。
・閲覧性:書き込んだ情報は全社員が誰でも自由にアクセスできる。
・蓄積性:書き込んだ情報はそのまま自動的に蓄積保存される。


筆者の時代の業務日誌は、紙の媒体(大学ノート)を使って技術とノウハウの伝承という機能を担っていました。現在のDXにおける業務日誌は、その役割は同じでも圧倒的で多様な機能性が大きな特長として発揮されています。

【3】コミュニケーションツールが命令の概念を転換させる
業務日誌とは別にA社ではコミュニケーションツールとしてSlack(スラック 商品名)が使われています。これはスマホでよく使われているLINEのようなものです。機能としては複数チャネルをもち、ここで組織別やプロジェクト別の話題で分類し閲覧性に優れています。また添付ファイル機能もありますから情報の提供が自由にできます。このようなコミュニケーションツールを活用すると、組織における従来の命令という概念を大きく転換させることになります。

例えば、「命令」には4つのスタイルがありました(号令、命令、訓令、情報)。それぞれのスタイルの差異は「上司の意図」と「部下の任務」という二つの要件の有無によるものでした。連載第139回での説明の表を再度ここで提示します。

命令のスタイルと二大要件の関係


ここで「命令」の対極の位置にあるのは「情報」です。「命令」は上司の意図と部下の任務が明示されます。この二つが何も明示されないのが「情報」という命令のスタイルでした。

Slackにおいてはもちろん上司が命令するというスタイルも可能です。しかし、基本は様ざまな情報からそれぞれのメンバーが自主自律的に活動することが求められます。往時の軍隊における「情報」は、DXの時代においてはその役割が大きく転換したことがわかります。