プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第137回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか
ボート経営とおみこし経営(その2)

前回は、ボート経営とおみこし経営について述べました。米国はボート経営で、わが国は基本的におみこし経営が主流で多数派を占めているようです。おみこし経営は、わが国の社会に多様性という価値観があるからこそ成り立つやり方であると説明しました。多様性として、とくに大事なことは他者の意見や存在を認めることです。他者の異なる意見や存在そのものを認める日本の社会は、世界の他の国々には無い独自の存在と言えます。しかし、これはおみこしを担ぐときは困ることもあります。おみこしの担ぎ手によっては異なる方向に向かって自由に動く人も出てきますから、必ずしも効率的なやり方とは言えません。欧米のような一神教の世界では森羅万象が一元的に構築されていますから異説は許されません。おみこしに例えるなら、担ぎ手全員の移動はぴったり同じ方向にしか許されないことになります。わが国のおみこし経営の組織では、異説や異論が許されます。もちろん、組織としてとるべき方向性が決まったら全員が同じ方向を目指して動きます。様ざまな考えの人がいて雑然とした雰囲気があっても、いざというときはみんなで同じ方向にまとまる、そのような傾向をもつのがおみこし経営と言えるのでしょう。
今回は、ボート経営について述べることにします。おみこし経営に比べて、強いリーダーシップが特徴とされています。話題になった往年の米国映画から、どのようなものかみていきます。

【1】「頭上の敵機」に見るトップリーダーの理想像と現実
映画の紹介
原題は Twelve O’clock High 20世紀FOXによる製作は1949年ですから、戦後まもなくの作品です。米国は、この戦争でベトナム戦争のように社会全体が深刻なダメージを受けることはありませんでした。従って、戦争はたんに舞台になっているだけで映画としてはトップマネジメントを描いたものになっています。1942年、英国に駐留していた米国空軍の爆撃部隊の任務はドイツの兵器工場を白昼爆撃することでした。主人公はその爆撃部隊に属するひとつの航空群のトップ(その航空群の航空司令、准将)です。難しい作戦に疲れきって士気の低下した航空群のトップ交代で主人公が登場します。かなり強引なやり方で当初は群全員の猛反発を招きますが、最終的には信頼を得て群に活力が生まれます。その過程でのトップの苦悩と、トップを補佐する参謀の苦心が説得的に描かれています。

トップの横暴を抑止する監察制度
猛訓練や厳しい作戦を指示するトップに対して監察制度があり、一兵卒でも誰でも訴えることができるのです。この現実には驚きました!だからトップも厳しい作戦を実行するたびに「訴えはどのくらい出たか?」を気にせざるを得ないのです。トップの副官は弁護士だった人物です。監察制度はこの映画製作時点(1949年)を含めてずっと現在までも軍隊の必須要件として存続しているようです。つまり、トップをサポートする法務チームがすべての作戦についてトップにアドバイスする。ということは、部下の反対意見を無視した作戦は成立しないことになります。

ボート経営の象徴的なトップダウンである「オレの言うとおりにやれ」が、米国の軍隊においてはできないような仕組みがある、じつに意外な感じがしました。次に紹介する例は、これとは対照的な強いトップダウンのボスを描いたものです。

【2】二極化した米国社会を描いた「プラダを着た悪魔」
映画の紹介
原題はThe Devil wears Prada.(2006年)はご覧になった方も多いと思います。有名ファッション誌のアシスタントとして採用されたファッションには無関心な女性と編集長が登場します。この編集長がプラダを完璧に着こなす悪魔というわけです。編集長は仕事に対する要求水準がケタ外れに高い。仕事が不首尾だと厳しい叱責が飛び、さらに朝令暮改的なスケジュール変更がやたらに多い。おまけにアシスタントの仕事に公私混同がはなはだしい(小学生の娘たちの宿題をやらせる、自分の食事を買いに行かせる、自宅の飼い犬の散歩をさせる等など)。鬼の上司と部下のやる気の関係について、ボート経営リーダーの典型はこれか、という感じがしました。

二極化した階層がある米国社会
編集長のいる世界とアシスタントがいる世界、この二つの世界(階層)が描かれています。ここで、アシスタントがこの仕事を辞めずにがんばるのはなぜ?という疑問が起こります。これに対する編集長の考えは「みんな私のようになりたいのよ」です。つまり、アシスタントの勤労観はそのような上昇志向に支えられたものだと編集長は考えている。米国は階層社会であり、編集長のいる階層と一般市民のいる階層に分けられる。そして、後者は上昇指向のあるグループとそれは無いグループに分かれる。上昇指向の有無は本人の自由意志で決まり、そのことでお互いが反目することは無い。これが米国社会であると、たんたんと開き直った感じの映画です。

【3】ボート経営に必須の監察制度
米国はボート経営であるとして「強いリーダーシップで、ボートのこぎ手は前を見せてもらえない」、これが提唱者である盛田さんの説明でした。発表されたのは1969年のことで、それ以来、半世紀を越える時間が経ちました。米国においてはボート経営が基本としても、軍隊ではトップの経営(指揮命令)を監察する仕組みがあります。しかもこれは映画「頭上の敵機」によれば戦争当時も既に機能していました。軍隊においては、トップの暴走を牽制し抑止する仕組みは必須・不可欠であり従来から運用されていたのです。軍隊は民間企業と異なり、組織の構成員が強制的に徴兵された人たちだからこういう制度になっているのかもしれません。

【4】ボート経営の変化
軍隊とは異なり民間企業では、盛田さんの提唱された「ボート経営」はそのまま残っている感じがします。米国では従業員の解雇は簡単であると言われています。「お前はクビだ、私物をまとめて30分以内に会社から出て行け」、映画やドラマで見かける一場面です。筆者はこのようなイメージでとらえていました。しかし、米国であっても解雇はもはやそんなに簡単ではないようです。好景気で人不足の状況なら、解雇のやり方はさほど問題にならないでしょう。しかし、昨今のように世界経済の不透明な状況は長期的には続くことになるでしょう。ボート経営は、徐々に日本のようなおみこし経営の要素をもつようになるのかもしれません。

(次回に続く)