プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第135回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代のプロジェクト(その19)

前回は、組織活動の原則や方針についての続きとして組織の管理職やグループリーダーに必要となる知識を説明しました。そもそも仕事の進め方の「原則」なるものは職場の会話になかなか出てこないものです。そこで、プロジェクトマネジメント(PM)の発想が役立つことを製造業の設計業務を事例にして紹介しました。組織のトップ、部門長や管理職の方々においてわかりやすい事例があったときに「これが仕事の原則である」と強調されれば、仕事の原則を周知する良い機会になると思われます。また原則は固定したものばかりとは限りません。良い例がペーパーレス活動やテレワークの進展などです。これにより、仕事の進め方についていくつかの原則が変ったのではないでしょうか。前回は原則に加えて「方針」を説明しました。この説明事例として、人材育成をとり上げました。
今回は、人材育成に関してとくに方針の重要性について筆者の体験をもとに述べることにします。わが国は人口減少の時代を迎えています。経営における人材育成の重要性は高まることはあっても、その逆はありえません。

【1】新入社員として教育された筆者の体験
配属された部署は生産工場の鋳造技術部門でした。当時、鋳造の主な生産部品としてはエンジンブロックなどがありました。まずは金型の設計をやるように型設計チームに配属されました。ここで1年間だけ学ぶことになりました。型設計の作業は、オフィスで図面を描くことと考えていました。これなら鋳造工場内の粉塵や騒音とは無縁のはずですが、先輩が同行する現場説明がたびたびありました。鋳造工場の製造ラインで金型がどう使われるか、製品不良を低減するための型設計の重要性とその注意点は何かなどを現場に同行しての説明でした。この現場説明は明らかに新入社員教育の一環として組み込まれていました。筆者は大学で必修科目として機械設計を受講していましたから、型設計そのものでとくに途惑うことはありませんでした。しかし、「製品不良を低減するための型設計」ということがまさに新入社員教育のカギとなるものでした。この教育には型設計チームのこれまでの知識と経験が集約されていました。

1年間経過後、型設計と並んで鋳造のカギをにぎる生産技術を担当することになりました。ここでは、鋳物砂の配合や金属の溶解など様ざまな技術を分担していました。筆者はここで初めて1年間の型設計の意味がわかりました。型設計を通じて鋳造技術の全体を概観することができたのでした。1年間の型設計体験が新人教育の基本方針として位置づけられていました。

【2】新入社員を教育した上司としての筆者の体験
本社勤務で管理職を務めていたときのことです。人事部から、採用した大卒女性1名を当部に配属したいとの打診がありました。当時は大卒女性の採用は少なく定着率も低いようでした。人事部としては適切な配属先を慎重に決める必要があったようです。筆者の所属する部署は会社として初めて編成され2年ほど経過したばかりでした。担当する業務が難問や複雑なものが多かったので、筆者としては戦力になる新入社員(Aさん)は大歓迎でした。

筆者の部下として仕事をすることになりました。当時の筆者は、本稿で述べているような「教育の方針」をとくに意識していませんでした。しかし、難しい仕事が多かったので新入社員の特長を活かそうと思っていました。社内常識による「偏見」が無いことや、いわゆる忖度しないことなどを期待しました。そして、新人教育などはしませんでした。もともと発足したばかりの部署でしたから、ルーティン業務などほとんどありませんでした。従って、Aさんにとっては大学での研究室などと同じような感覚で取り組むことができたようです。必要なときは他部署との会議にも同席させました。その会議で配付資料について筆者が説明したときのことです。会議が終わってから、「課長(筆者)の説明に矛盾するところがありました」、「それは私が作成した資料に不備があったからです」とお詫びがあったことにはびっくりしました。説明した筆者も会議参加者も、誰もその矛盾に気づきませんでした。このような新入社員としての大活躍は部長にも伝わりました。部長から部内の課長たちに「女子社員の育成はこのようにしっかりやってくれ」とのお達しがあったほどでした。

筆者が全く予期しない悪影響もありました。Aさんの活躍を苦々しく思っていたらしいベテランの女性社員を中心に他の女子社員から仲間はずれにされるといういじめが起こりました。本人からの訴えで初めて知りましたが、他の女子社員たちに注意や叱責をしても効果は無いと考えて本人に「本来の業務に関係の無い雑音に惑わされるな」とだけ伝えました。その後、筆者は早期退職しました。数年前にAさんの消息を聞きました。本社で上司の外国人執行役員のもとで部長を務めているとのことでした。グローバル企業で上級管理職として頑張っていることがわかりました。

【3】振り返って納得する1-2-7の法則
前回、仕事で人が成長するプロセスには法則性があるとして、「1-2-7の法則」を紹介しました。再度、その内容を次に示します。

第1段階 基礎知識を学ぶ(時間比率10%)
第2段階 先輩の薫陶をうける(同20%)
第3段階 自分で実際にやってみる(同70%)


筆者自身の例と、筆者が管理職として育成を担当した新入社員の例、この二つから筆者がつくづく感じることは、この法則の第1と第2の段階がその後の成長を大きく左右する、ということです。誰でも最終的には独り立ちして自分だけで試行錯誤してやっていくしかありません。これにはどなたも異議は無いでしょう。問題は、そのためにどのような育成プロセスが最も効果的かということです。全てを新入社員本人の自主性に任せるという方針(極論に近いもの)もありえますが、育成の時間を惜しむとその後の成長に大きな影響があるでしょう。といっても育成にかけられる時間には限りがあります。どのあたりがよいのか悩むところです。この悩みについて、法則は実践的な回答になっています。

【4】教育や育成にあたっての原則と方針の重要性
ISOなどで職場での教育内容が規定(記述)されている企業も珍しいことではなくなりました。しかし、規定が現実に即しているか、社員の成長について期待(計画)と現実はどう推移しているかなどを把握することは重要な経営課題のひとつです。

人材育成の方針として、人が成長する「1-2-7の法則」はきわめて実践適用しやすいやり方と言えます。方針とは方向性を示すものでした。人材育成の方針のひとつとして1-2-7の法則を採用することができます。そうすると、全社的に統一された育成の方向性が関係者にとってきわめてわかりやすくなります。これはこの法則の際立つ特長と言えます。

方針とならんで原則がありました。原則は基本的な規則(ルール)のことでした。1-2-7の法則を全社的な方針として、担当部署ごとに業務実態に即したやり方で育成を実践することができます。つまり、具体的なやり方は職場ごとにアレンジしてもよいということになります。方針はすっきりと明確であり、実践は職場ごとに柔軟に対応してよい。わが国の現場カイゼンの5S活動と同じように秀逸なシステムと感じます。