プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第110回 番外編

番外編(16)実業の中に潜む悪行の芽 ~開発設計の現場が暴走するきっかけ

前回の番外編(15)では、製造業のような実業を進化させるDXについて述べました。そしてわが国のカイゼン現場に即したDX化の取り組みについて、まずは実業の社内に存在する虚業の部分をDXで置き換えていくやり方をとり上げました。そのために、DXを敬遠しがちな従業員の方々に対しては経営者による教育(啓蒙)が欠かせないというお願いを述べました。
今回は現場の影の部分、実業の中に潜む悪行について述べることにします。

【1】大手自動車メーカーのリコール
エンジン不正問題を公表してから3か月経過しても出荷再開の見通しが立たない日野自動車、このようなタイトルで続報がありました(2022.6.09 日経電子版から)。

そもそもの発端は、本年3月4日に同社の会長と社長が記者会見で発表したことから明らかになりました。対象車両は約11万台、新車は出荷停止しその再開は未定としていました。不正の内容は、排ガス性能と燃費性能の不正でした。いずれも試験結果として届け出た数値(カタログ値)が、実際には達成していなかったのです。

【2】不正な行為とは
エンジンの認証試験のひとつである排出ガスの劣化耐久試験において、後処理装置である第2マフラーを試験の途中で交換して試験を続行したことです。耐久試験の状況からそのままでは規制値をクリアしないと判断しての不正な交換でした。次に、エンジンの認証試験における燃費測定においては、実際よりも良い燃費の数値を燃費計に不正に表示させるようにして試験を実施したとされています。燃費については技術的な検証から、実際の燃費がカタログ値を満たしていないことも判明しているそうです。

このように、試験中に不正を行ったにも関わらず、規制をクリアしたと偽りの申告をしたことは、2015年に発覚したドイツVW社などのディーゼル車排ガス不正事件を思い起こすことができます。同社は、ディーゼル車排ガス規制をクリアできなかったので、この規制を不正に回避する無効化装置をエンジン制御装置に組み込んでいました。日野自動車は、これと同様な不正問題を引き起こしました。

【3】なぜこのような不正が起こったのか
今回の事件はドイツのVW社などのディーゼル車排ガス不正事件とは大きく異なる点があります。VW社などはまさに組織ぐるみの事件でした。そして、同じドイツのベンツやBMWなども全く同様の不正を同時に犯していました。規制をクリアできなければ販売できない、カネ儲けのためなら何でもやる。ドイツのメーカーのこういった不気味さがありました。

今回の事件は、開発設計の現場という限られた職場で起こっています。組織ぐるみで、つまり企業として意図された不正行為ではなかったという特徴が見られます。では、なぜこのような不正が起こったのか。次のような見解が伝えられています。

規制の数値目標達成に対するプレッシャーが過大だったことや、開発期間が短すぎた点が背景にある。燃費の不正では、販売競争上有利になる優遇税制を受けられる低燃費を必達目標としたことが、開発設計の現場に与えた大きな圧力のひとつになったと見られる(日経クロステック 2022.3.07)。

【4】実業の中に潜む悪行の芽
開発設計の現場は、商品の基本的な価値を作り出す役割を担っています。まさに実業の核となる役割です。そういう役割に対して、ドイツでは企業トップが組織ぐるみの不正事件を起しました。日野自動車の場合は、企業トップは全く夢にも思わぬことだったでしょう。しかし、筆者は、今回の事件の芽は企業トップにあり、追い詰められた開発設計の現場は一触即発の状況だったと感じずにはいられません。わが国の自動車メーカーは多数あります。いずれの企業においても企業間の厳しい開発競争にさらされています。だからといって、全ての開発設計の現場が不正に走るということにはならないはずですし、現にそうはなっていません。

【5】企業の受けた衝撃は限りなく大きい
そもそも、リコール制度は消費者の損害を未然に予防することを目的に制定されました。法の趣旨は、製造上の過失があれば、メーカーは隠さず早期に申告することを求めています。早期に申告すれば、過失そのものは問わないことが原則です(もちろん、消費者に損害を与えた場合の損害補償は必要です)。今回、厳しい処分がなされたのは、たんなる過失を超えた不正行為だったからです。そもそも、自動車メーカーの燃費などの申告数値は正しい数値であるという性善説で国交省は対応していましたが、2017年に不正発覚があったために、厳しい処分ができるよう法令が改正されたということです。今回、その厳しい処分が適用されました。

国交省は対象車両について、型式指定の取消しという前代未聞の厳しい処分をおこないました。これは、対象車両の生産と販売を事実上不可能にするものです。そして、取り消された型式指定の復活や新型車の型式指定の取得もきわめて厳しいだろうとされています。それに加えて消費者の信頼も落ちることになり、同社の販売は長期にわたり低迷し経営に重大な影響が出ると予想されています。自動車に限らず、全ての企業において一罰百戒の教訓が伝わることになりました。