プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第104回 番外編

番外編(10) 従業員が豊かになれば社会が発展する

前回の番外編(9)では、わが国独特の慣行である終身雇用について述べました。これを否定するきわめて粗雑な言説を紹介しました。終身雇用は正社員の最後の既得権益と言うのです。これが大きな間違いであり、わが国中小企業の活力の源泉を根本から損なうものであることを述べました。過去の本連載(第40回)でもとり上げましたが、わが国には中小企業が多過ぎるので整理統合すべきという英国人コンサルタントの言説も同様な誤りでした。これらは、たんに利益効率一辺倒の行き過ぎたグローバル資本主義への転向を進めているに過ぎませんでした。
今回は、わが国の終身雇用と同様な発想で従業員の待遇改善こそが、社会の発展につながるとした米国フォード創業者の取り組みを考えることにします。

【1】自動車育ての親ヘンリー・フォード
世界初のガソリンエンジンによる自動車を発明したのは、ドイツのカール・ベンツ(1844~1929年)でした。これに対して、米国のヘンリー・フォード(1863~1947年)は自動車産業育ての親と言われています。当時の自動車は一部のお金持ちでなければ買えないほど高価でした。フォードはライン生産方式による大量生産技術を開発し画期的なコストダウンを実現しました。同時に、従業員がフォードのクルマを買えるよう給料水準を大幅に引き上げました。これらの相乗効果で、自動車産業が拡大発展し労働者が豊かになるという社会の変革を導くことになりました。

【2】当時の資本家とは逆転の発想だった
当時は自動車の生産コストが高かったため、自動車会社の資本家(出資者)は富裕層向け市場しか視野にありませんでした。多少とも利益が出ると配当を要求するのでフォードとしてもやりたいことになかなか着手できなかったそうです。フォードは自動車の市場として自社の従業員を想定していましたから、他の資本家たちとは逆転の発想だったと言えます。つまり、利益が出たら資本家は配当をもらうということではなく、利益の源泉となる二つの要素の圧倒的な拡大をはかったわけです。まず大量に販売できるような低コストを実現すること、次に従業員の給料を高くして購入者層を増やす、この二つがセットになっていました。

【3】コストをおさえるために
資本主義の原則はコストをおさえることです。フォード社は突出した生産技術開発で画期的なコストダウンを実現しました。このように、何らかの他社と異なる独自の強みをもつ必要があります。独自の強みは、製品やサービスそのものだけに限りません。フォード社で言えば、販売店網の確立、販売店はフランチャイズ方式の独立採算制、生産技術ではライン生産方式の導入などが良く知られています。さらに生産技術については、フォードの構想を具体化する技術者たちが大きな戦力になりました。従業員の育成と戦力化はいつの時代にも変らない経営課題と言えます。わが国で言えばカイゼン活動を通じて従業員のパワーアップを同時進行させる文化があります。この文化を活かしながら、時代の変化に対応できる戦力化をはかる。わが国であればこそ可能なやり方です。

【4】恒産なくして恒心無し
これは良く知られた故事成句です。安定した財産や職業をもっていないと安定した道徳心を保つことは難しい。道徳心とは、本稿の文脈で言えば仕事に対する責任感、集中力そしてカイゼン実行力になります。ヘンリー・フォードは従業員が自動車を買えるほど豊かになるために必要なことを実践しました。前回では終身雇用についてとり上げ、これはわが国中小企業の活力の源泉であると述べました。

本業の仕事があって、その他にカイゼン活動があります。このような仕組みは欧米では基本的に不可能なことと思われます。また、不具合が起こったら様ざまな部門が一致協力して取り組む。このようなカイゼン活動はわが国のお家芸と言ってよいでしょう。わが国の様ざまな商品の優れた品質は現場のカイゼン実行力に支えられています。このような活力の源泉のひとつが終身雇用にあることは間違いありません。

終身雇用は正社員の最後の既得権益などと否定する粗雑な言説は、わが国の優れた品質がどこから生み出されるのか考えたことも無い人から出てくるのでしょう。フォードのように給料の水準を他社より大幅に引き上げることは難しいと思います。しかし、終身雇用を維持することは日本的な経営においてきわめて重要な経営の前提であると考えます。